路地猫のらくらくさんぽ

発達障害でもらくらく生きる

人間は 傷つきません。

もちろん体のことじゃなくて心のことです。

 

辛いことがたくさんあったと思っていました。

苦しんだり悲しんだりしたと思っていました。

そして自分は傷ついたと思っていました。

その鮮明な記憶は常に今とつながっていました。

 

それが最近はよく思い出せないんです、その時の感情が。

どうしてか。

べつに問題ないし気持ちいいけど、完全に忘れちゃう前に書き留めて、何かの役に立てばいいなと思ってここに書き始めたんですが、言葉にならないまま月日が経過してしまいました。

 

『人間は 傷つきません』

(これ「人間は」のあとにスペースが入ってるのも私のこだわりで、そのリズムで読んでほしいです)

 

は? なに言ってんの? ですよね。

「私の人生は苦しみの連続で、今もすごく辛いんです」

という人がたくさんいるとわかってるし、私の周りにもいます。

私自身もそうです。

何度も何度も泣いたから、同じような人をほっとけない。

ひとりひとり心の傷は違うし見せ合えないけど、共感したり支え合ったりはできると信じて小さなお節介を積み重ねて来ました。

 

 

 

でもです。

本来のストレス(苦しみ)とは、暑さ、寒さ、痛み、だけ。

あとはすべて頭の中で自分が作った精神的ストレスです。

「酷い」「辛い」「傷ついた」と考えるとそういう気持ちでいっぱいになります。

「ものすごく辛い、自分には耐えられない、乗り越えられない、もう無理」と思う。

そして時間の感覚もあやふやになり、過去の痛みと今がごっちゃになり、傷はさらに大きさ深さを増しているように感じます。

 

ですが、確かにそう考えるきっかけ(事実)があったにせよ、出来事を苦しみとして受け取りそこに過去や未来をくっつけて、いろんな想像(妄想)をくっつけて、辛い感情をどんどん上乗せしているのは自分の頭。

私はあるときそれがわかりました。

外(=何かや誰か)から傷つけられてるんじゃなかった。頭のスイッチを切ろう。そうすれば人間は 傷つきません。何が起きても です。

そして楽になりました。

 

 

それは出会った人の言葉だったり出会った本の目に留まったフレーズだったりと、たくさんの小さな縁が折り重なった所へ形作られた気づきでした。振り返ればホントに長い年月、ここにたどり着くためのヒントがそっと置かれていたようです。

 

今お辛い方はそれどころじゃないでしょうけれども、記憶の片隅に「『人間は 傷つきません』て言ってた奴がいたなー・・・」と留めておいてもらえたらうれしいです。また、「頭のスイッチを切るには?」と話しかけてもらえたら更にうれしいです。

 

 

(肉体的な痛みからくる心の痛みはまた別です。)

 

 

お読みいただきありがとうございました。